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神佛に遵えば必ず道は開ける

田中将之さん

神佛に遵えば、必ず道は開ける。
大阪支部・電機メーカー 営業

学生時代の生活と神佛

(ここに田中さんの写真があります。)

2011年3月11日の東北大震災の当時、私は福島県で仕事をしていたため被災しましたが、幸いにも怪我ひとつなく、家族も親戚も皆無事でした。
今は、転勤をして大阪で家族4人で元気に暮らしています。今日は、新生佛教で勉強をしたおかげで、困難を乗り越え、道が開けた、という体験を発表させていただきます。

2007年4月、私は、東京の大学を卒業してある電機機器メーカーに入社しました。職種は営業です。
私の両親がこの教えを学んでいてくれたおかげで、小さいころから勉強をしていました。でも、本格的に道場に通うようになったのは、就職活動をはじめた大学3年生のころです。どの会社にいけばよいのかを考える時、自分の価値観・哲学が必要だと感じました。新生佛教は、『実践哲学』であり、自分が考えていたとおりの勉強でした。そのおかげか、新生佛教の教えに近い経営理念を持った会社に入社させてもらえました。

当時、私には大学生のころから付き合っていた彼女がいましたが、全国転勤がある会社であり、勤務地は入社しなければわからないため、就職が決まった時、彼女との間に溝ができました。彼女は悩んだあげく、「親孝行をできるうちにしよう」と決断して、私が入社する1か月前に実家のある福島県に帰りました。

当時の新入社員は120人です。その中で福島県に配属されたのは、たった2人でした。その一人が私です。さすがにこの神業に彼女は感激して福島道場ですぐ入団しました。

- 本当に神業ですね!すごいですね。

就職してすぐに、そんな幸せも、絶望に変わったのです。何が絶望だったかというと、「仕事に対して」です。

- 私も営業経験がありますのでなんとなくわかりますが、具体的に教えていただけますか?

営業職を選んだ理由として、将来父の経営している会社を営業面からサポートしたいと思っていたからです。父の会社は営業がいないにも関わらず、子供3人を私立の大学へ行かせることができるぐらい安定した経営を何十年も続けています。私は、現状を維持しながら、営業することで客層をふやしさらに繁盛するのではないかと考えていました。

当時は営業職に対して、というより、社会に対して甘く考えていたのです。現実はそんなに甘いものではありません。今の会社の営業は『猛烈社員』という言葉がぴったりあうほど、朝は7時に出社して電話100件、もしくは、お得意様と新規周りで8件訪問、その後会議などがあり、夜10時に帰宅、という具合です。学生時代遊び呆けていた私にとっては、かなりの環境の変化で、適応しきれなかったのです。

入社から1年は何が何だかわからないうちに、気が付いたら1年たっていました。2年目になると売上げのノルマが高くなり、毎月営業成績の全国ランキングが発表されるようになりました。成績はいいほうではなく、毎日数字に追われる生活が始まりました。心が休まる暇がありません。数字が悪い月が続くと上司に追い込まれるようになりました。『仕事を辞めたい』、『この場から逃げたい』と思うようになりました。体力的にも精神的にもクタクタになりました。希望もなく毎日をどう乗り切るかしか考えられていませんでした。という訳で、仕事に対して「絶望」していたのです。

- それは大変でしたね。いくら新入社員で、若さが武器とは言え、毎日追われてばかりだと、頑張れませんよね。

そうなんです。そして3年目になり、上司が非常に厳しい方に変わり、さらに毎日追い込まれる日々がつづきました。上司からは毎日、「今日はいくら売れた?」「なんで売れないの?」「やる気あんの?」「仕事なめての?」と言われ続けました。

「新生佛教をしているのになんでうまくいかないんだろう?」と正直不信感をもつようになりました。そんな中、福島道場で本部の先生のご法座があり参加しました。実は、この時にいただいたご説法で、私の考え方は大きく変わりました。

ご説法の内容は、次のとおりでした。
「嫌だなとか、自信がない時などはすべて知らせなのだから、すぐに質問しなさい。」
「ご神示をすることで勇気をもらいなさい」ということです。

確かに自分では質問もご神示もしているつもりでした。ただ、実行ができていなかったのです。そこで、『夫婦の和合』、『感謝の心がけ』、『上司をたてること』を教えられて、自分で心がけるように切り替えました。

そこから、嫌なことがあったらすぐに電話質問を、多い時は1日2回- 3回するようにしました。するとすぐに効果が出まして、翌月からノルマをクリアできるようになりました。厳しくて嫌だった上司も、半年後には転勤して、自分にとって仕事のしやすい上司へと変えて頂けました。成績もどんどんあがり、そこから1年間はほとんどノルマを達成していました。

- すごい変化ですね。成果が上がっただけでなく、上司まで変えてもらえちゃったのですか?

そうなんです。自分でも驚きましたが、実行したら、神佛から大きなお力を頂ける、ということを体験することができました。しかし、今度は仕事に対して別の心配が出てきました。

- せっかく順調に前に進み始めたのに、また別の嫌いな上司が来たのですか?

(ここに田中さんの写真があります。)

いえ、そういう訳ではないのですが、私の周りの管理職はみんなが家族と離れて仕事をしている、つまり「単身赴任」がほとんどなのです。営業職は出世するほど家に帰れなくなるのです。
家族と少しでも一緒にいたい私にとっては、すぐにではないけれど、時期を決めて会社を辞めよう、と思うようになりました。そんな時、会社に入る前に考えていた父の会社を継ぐことで親孝行するのもいいなと思いました。
そこで、父親と話し合いをしたところ、父からは意外にも反対されました。
その話し合いを境に、結局継ぐことをあきらめました。

今の仕事は給料面が良いので、それなりの生活ができます。私は考え方をあらためて、逆に、出来る限り長く今の会社にいようと考えました。親もそのほうがよいと言ってくれました。それからは、「長くこの会社にいるためにはどうしたらいいのか」、「家族の為に何が一番大切なのか」を、毎日考えるようになりました。

- なるほど、自分の考え方を押し通すのではなく、与えられた条件の中で自分の目的をかなえるため、方法を変えようとしたのですね。それでどうなったのですか?

困難が道を開く

ある日、東京支部のご法座に参加した帰り道、車を運転中にスピード違反で警察に捕まり、1カ月の免停になりました。これでは、車で営業をする私は、実質仕事ができません。結果的には試験を受けて1日免停で済みましたが、上司からの信頼はガタ落ちし、比例するかのように成績も落ちていきました。

- それでは、長く会社にいたくても、いられなくなってしまいますよね?

はい。本当に困り果てました。そんな中、社内公募が出ているのを見つけました。私は長く仕事をするには、自分の存在価値を示せるような仕事をすることが重要だと思っていましたので、専門的な部署への転身はとても魅力的に見えました。その部署は「商品法規」という部署で、内勤の仕事です。受けるかどうかご神示を立てますと、yesでした。

- 営業部門とは全く違う、畑違いの部署に聞こえますね。

そうなんです。でも、すぐに受けるかどうか迷っていました。「営業が嫌で異動するんだろ!」と見られたり、「逃げだすんだろ!」と思われたりするのが嫌でした。いわゆるメンツです。

でも最後は、「どう思われても別にいいや」との思いで応募しました。人にどう思われるのかはその人の勝手であって、どうすべきるかは神佛が示してくれる。「神佛に遵えば、必ず道は開ける。」道を開いてくれるのだから、素直に従えばいいだけだ、と考えを切り替えられたのです。

- 神佛のお力と、これまでの勉強を通した経験によって、判断できたのですね。

はい、そう思います。でも、募集事項には、「英語ができる方」、「法律に詳しい方」とあり、私はどちらも該当しませんでした。ただ、自分にしかできない、自分なりに役に立つ仕事を極めたい、という気持ちだけでした。

エントリーシートはご神示で書きました。「何をやりたいか」、「どういう事を実現したいか」、英語や法律のことは正直に「今は何もできない」と書きました。結果は、なんと一次選考に合格しました。

- 神佛が、資格は何も無くても道を開いてくれたのですね。

はい、本当にそう思います。その後、面接に行きました。2010年12月25日です。そこでの受け答えをすべてご神示でしました。話す前に頭に思い浮かんだ言葉を話していいでしょうかと伺って話しました。

「神佛になにもかも任せて行ったからどうなってもいいようになっている」という気持ちでした。年明けに結果が出ました。4月から大阪での勤務が確定しました。

神佛の教え

- お話を伺っているとあっという間ですが、本当に考え方を切り替えて、神佛に遵ったことでスムーズに進んだのですね。

はい。そして2011年3月の初めにご神示で引っ越しの日を決めて、福島県から大阪への引っ越し準備を妻がしてくれました。家具もすぐに持ち運べるように、高い場所の荷物をおろしていました。妻の母も手伝いにきてくれていました。そして、運命の3月11日に東日本大震災がおきました。普段はいわき市に住んでいた妻の母は一緒にいて、しかも、引越しの準備を行っていたため被害は最小限にすみました。今は、大阪に引越し大阪支部でお世話になっています。

- 全て神佛があらかじめ手配されていたかのような、絶妙のタイミングでしたね。本当に素晴らしい体験だと思います。

就職して4年が経ちますが、振り返ってみるとすべてのことがいいようになっていると改めて思います。点でみると辛いことのほうが多いかもしれませんが、線で見ると幸せになっている事を実感しています。

これからも、神佛に教えられたことを実行していけば、きっと世のお役にたてる、との確信があります。「実践哲学」である新生佛教を勉強できることに心から感謝しています。

平成23年10月、体験発表会(東京・飯田橋)より