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室町時代まで遡った先祖探し!お知らせ解いては種まきの40年間

室町時代まで遡った先祖探し!

お知らせ解いては種まきの40年間

  山口県 KIさん

 

粗末にしてきた応報

私は今から39年前の昭和53年に入団させていただきました。石井家は、殆んどの親戚に胃の弱い者がおり、私の家も、家を継いだ人が胃ガンで死亡したり、会社が倒産していました。入団して3カ月頃、私は胃の調子が悪いことを、御遷主様のご法座で質問をしました。

御遷主様は、『「胃」は「田」と「月」の合字で、田で米を作りこれを食べ、体(月)は大きく成っていく。体(月)は先祖から貰ったもの。その感謝を忘れ墓参りや供養もしないから、先祖は悲しい思いをしている』と、厳しいご説法をされました。さらに、『相続した財産は先祖の供養料であるが、貴方の家は墓参りも供養もしないので倒産というかたちで財産が出て行く』ともご説法されました。そして『鶴は千年、亀は万年という諺を知っているか』と言われ『本来の意味は、鶴は植物の蔓のこと。系図が蔓のように千年も切れずに伸びるよう先祖を大切にしなさいということ。亀は家名のことで、家名が万年も言い伝えられるよう社会に貢献し、人の為になる様に生きる、それにより家の栄福がある』とのご説法があり、私は先祖を粗末にしてきたことを申し訳なく思いました。

感激を種まきに

 私は、新生佛教の勉強をして、神佛の実在とお力の能きを理解し、家の栄福には、先祖供養や法則に適った生き方を人に話していく必要があると学び、供養の大切さを理解してもらうため、系図を作ろうと考えました。

入団して1年が経過した頃、私は、江戸時代初期の頃から、石井家の先祖が住まいしていた、香川県、現在の三豊市高瀬町に行き、石井姓の家を一軒一軒訪ねて回りました。5年間で50から60軒は回りました。その際、私は先祖探しよりも、当来佛や新生佛教の教えのすばらしさを話すように努めました。そのうえで石井家の先祖について教えていただくように取り組みました。結果、江戸の終わりに分家したことや粗末に成っていたお墓を見つけることができました。

450年前の系図

平成10年頃、菩提寺の住職からいただいた情報をもとに、ある石井姓の家を訪ねました。新生佛教の話、先祖探しをしていることを話したところ、そこが大切に保管している450年前(室町時代後期)の系図を見せていただくことができました。そこには、石井の先祖の大本である香川家の三男が記されており、その三男が石井家の初代と書かれていました。しかも、昭和の初めまでの先祖の戒名も書かれていました。この系図が正しく書かれているかを調べるため、香川県内の石井姓の家を一軒一軒訪ねて回り、約40年間で600軒以上も訪ね歩きました。

強力な協力者の出現

平成22年頃、あるお知らせを解くと、五輪塔3、4体を掘るようにと示されました。心当たりもなく、6カ月くらい経った頃、『高松の県立図書館』を思わされ、ご神示で行きました。石井家とのつながりのある生駒家の書籍を見ると、最後の頁の著者の名前が拡大されて見え、『この方に電話をしなさい』と教えられました。私が先祖を探していることを話すと、先方も興味を持たれ、調べて下さるようになりました。

それから3カ月が過ぎた頃、その方から、「先祖が住んでいた場所が大体解ったので現地に行こう」と連絡があり、現地に行きました。その方が取り寄せて下さった資料によると、地元住民が毎年7月11日に集まっては、初代の香川家の先祖の供養をしていたことが記載されていました。しかも、34年前の昭和57年まで実施していたとのことで、村の方にその場所を教えていただき、山の斜面を5メートルほど登った所に五輪塔の頭が一つ、5センチくらい地上に覗いており、素手で掘ると6体ほど出てきました。  

歳月かかるも学びが

この五輪塔は文化財かも知れないので、県の教育委員会の人に連絡するとすぐ来てくれました。しかし、当時、南海トラフ地震の対応が優先され調査は進まず5年経過しました。私は毎年、絵姿をいただいては、神主さんや教育長、住民の方々に教えの話をさせていただきました。

年目に、教育委員会から「(五輪塔の調査に)手が回らないので、あなたが腐葉土を除けて墓石らしきものがあるか調べて下さい」と言われ、ようやく許可が下りました。平成28年に腐葉土を除去して作業にかかりました。ご神示で掘る範囲を示していただき作業を進めましたが何も出ず、教育委員会も「文化財的なものはない」との結論を出し、墓探しは終了となりました。6年間は種まきの機会を与えられたのだと思いますし、何より石井一族の先祖で香川一族の初代の墓まで辿り着けたことに神佛に感謝致しました。

まさに神業の連続

数年前、妻の絵姿に『大きなお墓のお参りを大切に』と出されました。どこの墓か、約6カ月間くらい探して回りましたが見つからず、その間、山口支部の人たちと香川県内でリーフレット配布を3回させていただきました。

ある日、香川本家の墓参りをしたとき、この寺の住職にお会いしたいと思わされ、ご神示が『イエス』でしたので、お寺を訪問して墓探しの経過報告をさせていただきました。すると、側にいた副住職が「丁度、香川家のことについて書かれてある書籍を読んでいました」と言われ、頁のコピーを下さいました。コピーには、私たち石井家の初代の親と祖父母、曽祖父母の墓のことが記載されていました。墓所を訪ねてみますと、絵姿で教えられたような大きな墓と、その奥に先祖の墓が6体並んでいました。

その後、その書籍を再度見せていただこうと、翌月にお寺に行きましたが、四国八十八か所を世界遺産に登録するために、資料は全部県に持って行かれていました。ご神示で行ったその時だけ、その頁が副住職の目に止まり、コピーをいただけたのでした。ふと思わされたこともご神示で行動することで、貴重な資料に巡り合わせていただき神業の連続でした。

次なる使命へ

私は新生佛教への入団とともに先祖探しも始めました。お知らせがかかれば絵姿をいただき、教えられたことを実行したおかげで石井家と大本の香川家の先祖のことを詳しく知ることができました。ここまでさせていただけたことは、単なる先祖探しでなく、神佛から次の使命を示されたのだと思います。今後はそれぞれの家の方たちに教えの種まきをして、正しい供養をしていただけるよう導かせていただきます。