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主人の病気を通して学んだ経典「生き甲斐」 周東支部 山本京香さん

周東支部 山本京香

 
 私は、21歳の時に母と共にこの新生佛教の教えに巡り遭い、入団させていただきました。

 結婚前に主人に新生佛教のお勉強をしていること、結婚をしてもお勉強を続けていきたいことを伝えました。すると主人からは「あんたがするのは良いけど、自分はしない」と私が勉強をしていくことの了解は得られました。25歳の時に結婚し、その後3人の子供に恵まれました。

 平成13年、私がいただいた絵姿で「主人がお酒を飲んでいると大変になります」と教えられました。しかし、主人は「自分が絵姿をもらったわけではない」と納得せずにお酒を飲むことを止めませんでした。

 平成14年頃、主人にとって一番執着である三女に知らせがかかりました。私は主人に床に頭をこすり付けて「娘の為に本部に勉強に行ってください」とお願いしました。
 主人は、本部に勉強に来てくれ、それがきっかけでお勉強をするようになり、毎週私のお当番の時に一緒に勉強に行く様になりました。
 
 平成18年に主人の実家がある岩国に引っ越しました。主人は、岩国から広島まで毎日出勤しており、なかなかお勉強に行く時間がとれずに、毎月の本部から来られる先生のご法座に参会させていただくので精一杯でした。
 そして、お酒も相変わらず飲んでいました。

 平成20年の年末、主人は真夜中にくも膜下出血で病院に救急搬送されました。
 主治医からすぐに「近い親族、子供たちを呼ぶよう」に言われました。
 その時、医師からは「助かっても半身不随でしょう。重篤だから覚悟を」と告げられました。
 その後、手術をしていただき、半身不随にはなりませんでしたが、術後23週間は修羅場のようでした。

 術後1カ月でリハビリ病院に転院し、主人は毎日、新生佛教の経典を読み始めました。
 しかし、高次脳機能障害が残り、記憶障害の影響で文字がスラスラ読めず、簡単な字も思い出すのに時間がかかりました。

リハビリ病院も1カ月で退院し、その後は毎月、私の勤番に同行して本部で勉強をさせて頂き、週一回の当番も勤めました。

数年は経典の内容を理解するというより、活字をひろい読みするだけの状態でした。
 毎朝、お勤めの時に経典を読んでいましたが、「何が書いてあるのか難しすぎて内容がさっぱり分からない」と言っていました。

 平成24年に入って気が付くと、主人が朝読んだところをもう一度目で追って、内容を理解しようとするようになっていました。
 時々、「経典は本当にいいことが書いてあるなぁ」と感心して口にするようになりました。

 そして515日の朝、お勤めの時に主人が経典の『生き甲斐』を読んで、しみじみした口調で「この生き甲斐は本当にすごい文章だなぁー」「こんな文は普通なかなか書けないぞ。素晴らしい内容だ」「この文を読むだけで生きていけそうな気がする」と言いました。
 病気をしてからというもの夫婦で落ち込む時もありましたが、主人のこの言葉を聞いて驚きと感謝がこみ上げてきました。
 どこの文面でそう感じたのかを聞きましたら「己がささやかな働きに誰も気付くまい。然し常に神佛のみ、その生き得る価値に対して生きるべき道を照らされ、庇護の手をさしのべていられるのである」というところだと感極まった様子で話してくれました。

 主人は、会社人間でした。第一線を退いて自身も目標を失いかけている状況の中で感じ取ったのだと思います。

 主人の病気を通して、教えの素晴らしさを改めて認識するとともに、少しでも世の中のお役に立つよう、夫婦で一緒に当来佛の教えを信仰し、できることから少しでも実行したいと思います。

 神佛のご守護とご慈悲に心から感謝を申し上げます。