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神佛事への協力で諦めていた昇進が実現 - 佐波真人さん(「法の泉」より)

山口県西部総支部長 佐波真人さん - (「法の泉」より) -

shashindanri.jpg 今からちょうど十年前の平成十三年、他の人のために良かれと思ってやったことが結果的には職場の内規に違反し始末書を提出することになりました。実質五日間の謹慎をしましたが、役職(支店長代理)の降格処分が検討される状況になりました。当時、私は支部の役員(監査)を三期勤めさせて頂いており、一生懸命やっていたつもりでしたので、この大きなお知らせをなかなかさとることができず、絵姿を頂く気持ちになれませんでした。ただ、"どんな時でも希望の道が残されている"事を信じ、やはり最後は神佛のお力をお籍借りするしかないとは思っていましたので、周りの同帰の同志の人たちの声掛けもあり一週間くらいしてようやく絵姿を頂きました。
絵姿では「和合・ご神示・勉強等」基本的なことを出され、させられているならば神佛のお力をお籍借りてやっていくしかないと教えられました。ちょうど支部結成四十周年記念の年で記念式典に向け実行委員会に入れて頂き、毎週二、三日仕事が終わってから支部に出向き準備をさせて頂きました。当番はもちろん、いずみ会の広告係や会計もさせて頂いていました。
会社は、当時優秀な支店長(現理事長)が転勤してこられ、その方の支援もあり降格だけは免れました。始末書もご神示で書かせていただきました。その中の「家族が和合して頑張ります」という文書を当時の理事長が気に入られ降格が無くなったということを後で聞きました。とはいえ、大きな失敗であり、過去の例からも昇進は諦めざるを得ない状況でした。時が立つにつれ、後輩に抜かれていきました。
組織の中で後輩からどんどん抜かれて、後輩の下で部下として働くことは非常に辛いものがありました。丁度、萩支部の信者さんが同じように後輩に抜かれていく事を質問した時、御遷主様は「目の前の事をしっかりやれ」とご説法されました。それを聞き、私も自分に与えられた事を一生懸命し、人が言いにくい事もお客様のため、会社を良くするため、部下のため積極的に意見・提案をしていこうと決め、会議等で積極的にご神示で発言をさせて頂きました。
道場では、平成十六年から山口支部の副支部長を拝命し、同時にいずみ会山口班の班長も拝命しました。ともに六年二期勤めさせて頂きました。平成十八年の支部当番編成替えの時、土曜日の昼当番がなかなか決まらず役員会が紛糾していましたので、私が土曜日の昼当番をさせて頂こうと手を上げました。
ただ妻の承諾を条件としましたが、妻はあっさりと「良いよ」と言ってくれました。山口支部の昼当番は朝支部道場(旧本部)へ行き、ご宝殿のお世話や道場の掃除をした後、本部へ行き勉強させて頂き、午後3時過ぎ支部道場に帰り午後4時まで勤めます。
最初は一、二年の予定で始めましたが、現在六年目に入っています。支部の役員等をさせて頂いていると、日曜日等も出ることも多く土曜日、日曜日は本部・支部という日が多くなりました。正直辛い日もありますが、不思議と当番に行くと元気にさせて頂きます。
昼当番を始めて一年半位経った平成二十年四月、私に支店長昇進の辞令が出ました。信じられませんでした。その時私は五十歳と七カ月です。二十年くらい前は定年前に短期間支店長に昇進できていましたが、それ以降は厳しい経済情勢もあり五十歳過ぎて支店長に昇進した例はありません。非常に驚くと共に神業と感じました。後で会社の役員が「会議等で積極的にまともな事を言っていることが評価された」と言われました。無欲でご神示で言わせて頂いたことが評価され非常に嬉しく思いました。
よく考えてみると、何故か十年位前から仕事の成績も良くなり、渉外全体の年間一位になれたり、五年連続店舗一位になれたり、四年連続山口県内の優秀店舗表彰を受けたりと良いことが続いていたと思います。さらに、支店長になり給与も驚くほど増加していました。神佛は「ただ」では使われないと言われていた事を実感しました。
昨年はお客様が抱える問題で、過去何人もの支店長が取組んでも解決しなかったことが、私が別の支店長に就任して、ちょうど一年で解決でき非常に感謝されました。
また生まれつき障害のある長男も、私が昼当番を始めた年に山口市内の大きな会社に正社員として就職させて頂きました。全て神佛事に協力させて頂いた結果だと思います。そして、常に家族の、特に妻の協力があったからこそ出来たと思います。現在も大きなお役目を頂いており、更に精進していきたいと思います。