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東日本大震災 - ご神示での学校支援 - 小林武史さん(「法の泉」より)

東日本大震災 - ご神示での学校支援 
 東日本大震災当日の体験報告 - 東京 - 小林武史さん(「法の泉」より)

 3月2日に父が誤嚥性肺炎で亡くなり、3月7日に告別式を行い、私は翌日職場に出社しました。8日の朝、職場で「色々と大変なのに、もう少し休んでは」という声を数人から聞かされたことで、『もう1日お休みしますか?』のご神示をいただくと『イエス』になりました。『いつ休みますか?』とお伺いすると、明々後日の3月11日金曜日で『イエス』でした。上司に「3月11日の金曜日にお休みをいただきます」と伝え、11日全日の休暇申請をしました。私は、葬儀屋さんの担当者が3月4日の金曜日に死亡届けを区役所に代行して提出してくれて「除籍謄本に反映されるのが一週間後になります」と言っていたのを思い出し、11日の金曜日に区役所で除籍謄本を取り、父の年金給付の中止手続きや生命保険の受け取り申請などを進めようと思いました。

 3月11日、午前中は葬儀の弔問客名簿の整理をし、午後に区役所で除籍謄本を取得した後、自宅近くの銀行に立ち寄りました。父の口座を解約する手続きと相続について窓口の方に相談していた時大きな揺れを感じました。 
 ご神示では動かずにじっとしているようにとのことでした。随分長く感じましたが、揺れが収まり帰宅したところ、食器棚のお皿が何枚か割れていましたが、仏壇にお祭りしてあるお曼荼羅や先祖の位牌は全く動いていませんでした。

 私は平成22年の4月から地元の小学校のPTA会長を務めさせていただいており、その日は夕方の6時から退職された先生方と旧PTA役員とのOB会があり、私も出席予定でした。そのOB会は当初3月4日の予定でしたが、ご神示が『ノー』だったことや、学校側の都合もあり11日になった経緯がありました。私の前任者がそのOB会の幹事でしたので、家内とOB会はどうなるのか心配し始めた時、小学校に行くが『イエス』でしたので行ってみました。校庭に子供たちが整列し保護者の迎えを待っているところでした。そこに前PTA会長も居て、OB会について中止にすることを相談し了解をしていただきました。副校長先生から「学校から出席予定者に電話して中止の連絡をしてはどうか」と言われ、最初の方に電話をしましたが通じませんでした。家に戻って電話を掛けるがご神示『イエス』でしたので家に戻りました。自宅の電話はケーブルテレビ会社の回線を使っていた為か、出席予定者の八割近くの方に電話がつながり中止の連絡が出来ました。 

 電話を掛けた後すぐに足にお知らせがかかり、ご神示で学校に戻ることと、軍手を持っていくが『イエス』になりました。自転車で学校に戻ると、先生方が家庭科室、理科室などの片付けをしているところでした。ご神示で音楽室に行くが『イエス』になりました。楽器置き場には吹奏楽部がコンクールに参加していただいた賞状の入った額が何枚か床に落ちて、ガラスが散乱していました。軍手を持っていったのでガラスを拾う手伝いをしました。
 その後、保健室に行くが『イエス』で、保健室に行くと保護者が迎えに来られない子供達が4人ほど残っていて、ご神示で「お腹が空いたろう。何か食べるものが欲しい?」と聞くと皆一様に「お腹空いた」という反応だったので、すぐさま「お握りを買ってこようか。スパゲッティでも良いかい?」と口から出ていました。

 近くのコンビ二に行くと言わされたとおりに、4つ残っていたスパゲッティと温かいお茶を買って帰りました。保健室で子供達に食事を渡し、校長先生から「会長さん、本当にありがとうございました」と感謝されました。家に帰ると姪から電話があり、「叔父ちゃん、今日どうだった?」と聞かれたので、ご神示で会社を休み、学校でお役に立てたことを話しました。姪は何度か道場に足を運んだこともあったのですが、私の不注意で道場にしこって足が遠のいてしまっていました。姪のしこりはすぐには取れませんが、このような体験談を聞かせてまた道場に行ってくれる日が来ることを願っています。